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大阪高等裁判所 平成5年(行コ)13号 判決

控訴人(原告) 梁視訓

被控訴人(被告) 東大阪市長

参加人 株式会社塩崎鉄工所

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人が、平成二年六月八日付けで参加人に対してなした、東大阪市公害防止条例三一条一項に基づく第九二二一号指定工場等変更許可処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

当事者の主張は、当審における控訴人の主張を次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決三二頁九行目「基づい」を「基づいて」と、同三四頁一〇行目「ものほか」を「もののほか」とそれぞれ改める。)。

(控訴人の主張)

一  本件条例二八条一項及び三一条一項の許可の要件と建築基準法との関係

1 本件条例と建築基準法の用途地域に関する各規定は、公害防止ないし国民の生命、健康の保護という点において目的を同じくするものであり、一定の地域について一定用途の建築物の建築を禁止するという規制方法も共通している。また、本件条例が設置、変更の規制の対象とする「指定工場等」の規定のしかたも、建築基準法において一定の用途地域内で建築を制限される建築物の規定との間に密接な関連が認められる。

したがって、本件条例は、明文の規定がなくても、建築基準法の右各規定を本件条例二八条一項及び三一条一項の各許可の要件として組み込んだうえ、さらに規制を加える、いわゆる上乗せ条例と解するべきであり、被控訴人は、右各許可をするにあたっては、その時点における建築基準法の右各規定に従わなければならない。

2 被控訴人は、本件条例二八条一項及び三一条一項の各許可を行うについて裁量権を有するものであり、右裁量権の行使にあたって、当然、建築基準法の各規定を参照すべきであり、右各規定違反の事実を看過して許可を与えてはならない。

二  違法行為の転換について

本件において、本件条例二八条一項の指定工場等設置許可の申請をすれば、本件工場の設置が建築基準法の用途規制の関係で問題があることが顕在化するため、参加人としては、指定工場設置許可の申請をすることはできず、指定工場等変更の申請をするほかはなかった。

また、仮に指定工場設置許可申請がなされたとすれば、同時に行われる建築確認の関係で建築基準法違反の事実が判明するため、事実上の申請不受理の処理がなされ、本件条例二八条一項の許可はなされない結果となるはずであった。

したがって、被控訴人が既設届出について届出制限を定めた規定が訓示規定であるとの見解を採用することが許されないことがわかっていたとしたら、参加人に対し、本件条例二八条一項の許可を申請するよう指導し、かつ、右申請に基づいて、同項の許可をしていたはずであったとはいえないから、本件処分をいわゆる違法行為の転換の理論により有効とすることはできない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべきであると判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決五八頁七行目「同法」を「建築基準法」と改める。

2  同五九頁八行目から同六一頁一〇行目までを次のとおり改める。

「(1) 公害の防止に関する事項を処理することは、地方公共団体の事務であり(地方自治法二条三項七号)、地方公共団体は、右事務に関し、法令に違反しない限りにおいて、条例を制定することができる(同法一四条一項)。本件条例は、東大阪市が自ら処理すべき事務である公害の防止に関して制定した条例であり、特定の法律の委任に基づくものではない。したがって、この点からは、建築基準法と本件条例との間に上位規範、下位規範の関係や後者が前者の規定を当然に内容として取り込むべき理由を見いだすことはできない。

(2) もとより、条例制定権は、法律の範囲内で認められるものであり、法律に反する内容の条例を制定することはできない。そして、公害防止条例については、条例の定める環境基準や公害原因物質の排出規制が公害関係諸法の定める同種の基準や規制に比べてより厳しい場合に、このようないわゆる上乗せ条例の制定が許されるか否かが、法律で定められた基準や規制の解釈との関係で議論されるところである。

しかし、右は、条例において、法律の定めるよりも厳しい基準や規制を明文で定めている場合の議論であり、条例による規制が法律による規制と内容を異にする場合に、明文の規定なくして、前者が当然に後者をその内容として取り込んでいるものと解すべき理由はない。

(3) 建築基準法の用途地域に関する各規定は、一定の用途地域内で一定の種類の建築物の建築を制限するものであるが、右各規定の内容を見ると、公害の発生源となりうる建築物の建築を制限することにより、当該地域内の住民の生命、健康を保護しようとする趣旨の規定と解されるものも含まれており、その限りにおいて、右各規定と本件条例における指定工場等の設置、変更に関する規制との間に、規制の目的及び方法において共通点を見いだすことができる。

しかし、右のような共通点があるからといって、直ちに、明文の規定がないのに、建築基準法の用途地域に関する各規定の内容が本件条例の指定工場等に関する二八条一項及び三一条一項の許可の要件として組み込まれていると解すべき理由はない。

また、建築基準法の用途地域に関する規制の目的は、公害の防止や住民の健康の保護のみにとどまるものではなく、したがって、建築が制限される建築物の種類も公害発生源となりうる工場等に限らず多種多様にわたっており、工場等に限っても、本件条例が設置等の規制の対象としている指定工場等(本件条例二条三項、規則三条、同別表第四)とは、その種類、範囲を異にしているのであり、両者を総合的に比較すると、両者は規制の目的、対象を異にするものというべきである。したがって、建築基準法の用途地域に関する各規定が、本件条例二八条一項及び三一条一項の各許可の要件の一部を構成すると解することはできない。

(4) 建築基準法の執行は、建築主事及び特定行政庁が行うべきものであり、同法の用途地域に関する各規定の遵守についても、建築確認等に際して、建築主事等がこれを審査すべきものである。本件条例二八条一項及び三一条一項の各許可の対象となる指定工場等の設置や変更について、建築基準法の用途地域に関する各規定に適合するか否かが問題となる場合にも、建築主事等が、建築確認や違反建築物に対する措置等の権限を行使する前提として、右各規定の適合性を審査することになる。

したがって、被控訴人は、本件条例二八条一項や三一条一項の許可に当たって本件条例の定める許可要件の存否を審査すれば足りると解するのが相当であり、右許可要件に含まれていない建築基準法の用途地域に関する各規定に適合するか否かという建築主事等が審査権限を有する事項についてまで同時に審査を行わなければならないと解すべき理由は存しない。」

3  同六一頁一一行目の前に次のとおり加え、同行目「(二)」を「(三)」と改める。

「(二) 控訴人は、本件条例二八条一項、三一条一項の各許可処分が裁量処分であり、被控訴人には、右裁量権を行使するに当たって、建築基準法の各規定を参照すべきであり、右各規定違反の事実を看過して許可処分を行ってはならない旨主張する。

しかし、本件条例は、二八条一項、三一条一項の各許可について、二九条各号の一に該当するときは許可を与えてはならないと規定しており、右規定の趣旨は、二九条各号の定める不適合要件に該当しない限りは、二八条一項、三一条一項の許可を与えなければならないとするものと解するのが相当であり、したがって、右各許可処分は、覊束処分であるというべきであるから、控訴人の右主張は採用できない。」

二  よって、右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫 笹村將文 山下郁夫)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が、平成二年六月八日付で参加人に対してなした、東大阪市公害防止条例31条1項に基づく第9221号指定工場等変更許可処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 当事者

(一) 原告

原告は、参加人が所有する別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の北側(肩書の住所地)に所在する、父・梁弘倍所有の建物に居住している。

(二) 被告

被告は、東大阪市公害防止条例(昭和四八年四月二〇日東大阪市条例九号)(以下「本件条例」という。)28条1項、31条1項に基づき、本件条例2条3項、本件条例施行規則(以下「規則」という。)3条に定める指定工場等(以下「指定工場等」という。)の設置及び指定工場等の公害の原因となる物質等の処理の方法、位置、構造、設備その他規則で定める事項の変更について、許可を与える権限を有する者である。

2 参加人に対する本件処分

(一) 本件建物は、昭和四〇年八月に建築、同年一二月に増築されて、二階建の工場兼倉庫兼事務所建物となったものであるが、参加人は、その頃から、本件建物を工場等に使用して鉄工業を営むようになった。

(二) 本件条例は、昭和四八年一〇月一日に施行されたものであるが、本件条例、規則等には、以下のような規定がある。

(1) 本件条例28条1項

指定工場等を設置しようとする者は、被告の許可を受けなければならない。

(2) 同31条1項

28条1項の許可を受けた者は、その許可に係る指定工場等の公害の原因となる物質等の処理の方法、位置、構造、設備その他規則で定める事項を変更しようとするときは、被告の許可を受けなければならない。

(3) 附則2条1項

本件条例施行の際現に指定工場等を設置している者(設置の工事をしている者を含む。)(以下「既設事業者」という。)は、規則で定めるところにより、被告に届け出なければらない。

(4) 同2条2項

前項の規定による届出(以下「既設届出」という。)をした者は、本件条例28条1項の許可を受けた者とみなす。

(5) 規則の附則2項

既設届出は、昭和四八年一二月二七日までに指定工場等既設届出書によってしなければならない。

(三) 本件建物は、本件条例2条3項、規則3条、同別表第4の1項該当及び同3項6号該当の指定工場等として使用されていたから、本件条例施行後、参加人は被告に対し、附則2条1項、規則の附則2項の定めるところに従い、昭和四八年一二月二七日までに、本件工場につき既設届出をしなければならなかったが、参加人は、これをしていなかった。

(四) 昭和四九年二月、参加人は、本社機能を本件建物から東大阪市衣褶六丁目二番一一号所在の建物(以下「新工場建物」という。)に移転し、その後は、本件建物を工場として使用しなくなった。そして、参加人は、昭和五三年には、本件建物の西側三分の二を取り壊して、その跡地に居宅建物を建築した。当時の本件建物のうち残存することになった東側三分の一が現在の本件建物に当たる。

(五) ところが、参加人は、二階建ての本件建物の二階の床を取り除いてこれを平屋建てに変更するとともに、設置している機械を全面的に入れ換えたうえ、本件建物を再び工場として使用することを計画し、平成二年三月一七日本件建物の右改造工事に着手した。そして、参加人は、同年四月一二日、被告に対し本件建物についての既設届出(以下「本件既設届出」という。)を提出したうえ、同年五月三一日、本件建物の構造及び施設を右計画どおり変更することについて指定工場等変更許可申請(以下「本件変更許可申請」という。)をし、被告から本件条例31条1項の許可(本件処分)を受けた。

3 本件処分の違法性

(一) 本件条例31条1項違反

本件条例31条1項の許可は、本件条例28条1項の許可を受けた者に対してなされるべきことは、本件条例31条1項の文言に照らして明らかである。

ところで、参加人が被告に対し本件既設届出をしたのは、前述のとおり、平成二年四月一二日であって、参加人は、規則の附則2項の定める昭和四八年一二月二七日までにこれをしなかったのであるから、参加人が附則2条2項により本件条例28条1項の許可を受けた者とみなすとの法的効果を享受することができないことは明らかである。また、本件条例施行後現在に至るまでに参加人が本件建物につき本件条例28条1項の許可を受けたということもなかった。

したがって、参加人が、本件条例31条1項の「28条1項の許可を受けた者」に当たらないにもかかわらず、これに当たるものとしてなされた本件処分は、本件条例31条1項に違反する違法なものである。

(二) 建築基準法違反

一般に地方公共団体は、「法律の範囲内」で条例を制定することができるのであり、このことは、いわゆる公害防止条例においても同様であるから、建築基準法の用途地域に関する各規定は、公害対策基本法一一条による措置の一つとして位置づけられるものであり、したがって、少なくとも、建築基準法の右各規定と本件条例は、公害防止ないし国民の生命、健康の保護という点において目的を同じくし、前者は後者の上位規範たる位置を占めるものというべきである。

そうだとすれば、本件条例は、上位規範である同法の右各規定に反することは許されないのであるから、明文の規定がなくても当然に、同法の右各規定を28条1項の許可及び31条1項の許可の各要件として組み込んだうえ、さらにこれに上乗せして規制することを内容とする、いわゆる上乗せ条例であると解すべきであり、したがって、被告は、右各許可をするについては、その時点における同法の右各規定に従わなければならない。

ところで、参加人の本件変更許可申請は、以下に述べるとおり、同法の右各規定違反を内容とするものであったから、本件変更許可申請は不許可とすべきものであるのに、被告は、これを看過して本件処分をなしたものであるから、本件処分は、建築基準法に違反する違法なものである。

(1) 同法六条一項違反

本件建物は、鉄骨造スレート葺二階建ての延べ面積三三二・六平方メートルの建物であり、建築基準法六条一項三号の「木造以外の建築物で二以上の階数を有し、又は延べ面積が二〇〇平方メートルを超えるもの」に該当するから、同条同項本文により「大規模の模様替」をしようとするときは、当該工事に着手する前に、建築確認を受けなければならないことになる。

ところで、同法六条一項の「大規模の模様替」とは、同法二条一五号によれば、「建築物の主要構造部の一種以上について行う模様替をいう」とされているところ。右「主要構造部」とは、同条五号によれば、「床」を含む概念であるから、参加人が本件変更許可申請をするに当たり行った、本件建物の二階の床の大部分を取り除くという工事は、右「大規模の模様替」に該当するものであった。

したがって、参加人は、右工事に着手する前に右工事につき建築確認を受けなければならなかったのに、同法六条一項に違反して、これを受けないまま右工事を行ったのである。

(2) 同法四八条三項違反ないし同法八七条二項、四八条三項違反

同法四八条三項によれば、住居地域内においては、ア原動機を使用する工場で作業場の床面積の合計が五〇平方メートルをこえるもの、イ出力の合計が一〇キロワットをこえる原動機を使用する金属の切削を営む工場、ウ原動機の出力の合計が一・五キロワットをこえる空気圧縮機を使用する作業を営む工場を建築してはならないものとされている。そして、同法八七条二項によれば、右規定は、建築物の用途変更の場合に準用されることになっている。

ところで、本件建物は、その所在地の用途地域が昭和四八年六月一一日に準工場地域から住居地域に変更されたことにより、いったんは同法の右規定に適合しない建築物となったが、前述のとおり、昭和四九年二月以降工場として使用されなくなった結果、工場としての実体を失い、同法の右規定に適合する建物となっていた。

しかるところ、本件変更許可申請によれば、右申請にかかる変更後の本件建物は前記ア、イ、ウのいずれにも該当するものであるから、本件建物につき右申請にかかる変更を施したうえこれを再び工場として使用することは、住居地域内に前記ア、イ、ウに該当する工場建物を建築する行為ないしは建築物の用途を変更して前記ア、イ、ウに該当する工場建物とする行為に該当するものというべきであるから、同法四八条三項ないし同法八七条二項、四八条三項により許されないものというべきである。

したがって、本件変更許可申請は同法の右各規定違反を内容とするものであったというべきである。

(三) 本件条例29条3号違反

本件条例29条3号、31条2項、規則10条8号、12号によれば、規則別表の「研摩機」を設置するためには、当該施設を防音構造とする等騒音対策を講じるほか、防振ゴム又はこれと同等以上の防振効果のある設備をし、基礎部分を防振効果のある構造とすることが必要とされるとともに、当該施設が右条件を充たさないときは、市長は当該施設について本件条例28条1項の許可ないし同31条1項の許可をしてはならないものとされている。

ところで、本件変更許可申請は、「研摩機」に当たる円筒研削盤二台(以下「本件研削盤」という。)の新設その他についてのものであったから、右条件を充たす必要があったところ、被告宛に提出されたその申請書には、騒音防止対策についての記載はあったが、振動防止策についての記載はなかったのである。

したがって、被告としては、本件変更許可申請につき許可すべきではなかったのであり、これに反してなされた本件処分は、本件条例29条3号に違反する違法なものである。

4 結論

よって、本件処分は、形式的にも、実体的にも違法なものであるから、その取消を求める。

二 請求の原因に対する認否

1 請求の原因1の(一)の事実中、本件建物が参加人の所有であること、原告が本件建物の北側に居住していることは、認めるが、その余は、知らない。

同1の(二)の事実は、認める。

2 同2の(一)の事実中、本件建物が昭和四〇年八月に建築、同年一二月に増築されて、二階建ての工場兼倉庫兼事務所建物となったことは、認めるが、その余は、不知。

同2の(二)の事実は、認める。

同2の(三)の事実中、本件建物が本件条例2条3項、規則3条、同別表第4の1項該当の指定工場等として使用されていたから、本件条例施行後、参加人は被告に対し、附則2条1項、規則の附則2項の定めるところに従い、昭和四八年一二月二七日までに本件建物につき既設届出をしなければならなかったが、参加人がこれをしていなかったことは、認める。本件建物が本件条例2条3項、規則3条、同別表第4の3項6号該当の指定工場等として使用されていたことは、否認する。

同2の(四)の事実は、不知ないし否認。

同2の(五)の事実は、認める。

3 同3の(一)の事実中、参加人が被告に対し本件建物につき既設届出をしたのは、平成二年四月一二日であって、参加人が規則の附則2項の定める昭和四八年一二月二七日までに既設届出をしなかったこと、本件条例施行後現在に至るまでに、参加人が本件建物につき本件条例28条1項の許可を受けたこともないことは、いずれも認める。その余は、争う。

同3の(二)の事実は、争う。

同3の(三)の事実は、争う。

三 被告の主張

1 本件既設届出は、届出期限経過後になされたものであるが、以下に述べるとおり有効であって、これによりみなし設置許可の効力が発生したものというべきであるから、本件処分に本件条例31条1項違反があるとする原告の主張は、理由がない。

(一) 本件条例は、規制基準その他公害を防止するために必要な事項を定めることにより公害の防止を図るとともに、公害の防止を実効あるものとするため、被告において、事業活動の実態を把握し、事業者に規制基準等を遵守させ、公害を防止するために規制指導する目的で、本件条例施行後設置する指定工場等を許可制とした。そして、既設事業者に対しては、既得権を保護するとともに、右同様、被告において、その事業活動の実態を把握し、既設事業者に規制基準等を遵守させ、公害を防止するために規制指導する目的で、経過措置として、その指定工場等につき既設届出をすることにより、これにつき設置許可を受けたものとする、みなし許可制をとり、規則の附則2項をもって、その届出期限を昭和四八年一二月二七日と定めた。このような本件条例の目的に鑑みれば、既設届出の届出期限に関する右の規定は、効力規定ではなく、訓示規定であると解すべきである。

ところで、東大阪市においては、零細事業者が多く、本件条例の施行及び既設届出についての周知徹底が不十分であった等の事情により、右届出期限を徒過して既設届出をする事業者が後を絶たなかった。そこで、被告は、(1)右届出期限経過後になされた既設届出を受理しないことにすれば右期限徒過をした既設事業者の生活を脅かす状態を生じさせることになること、(2)右期限徒過をした既設事業者が継続してその事業を行うことになっても、新たな公害を発生させ又はこれを増悪させるものではないこと、(3)右期限徒過の既設届出であっても、むしろこれを受理したうえ右期限徒過をした既設事業者に対し規制指導をすることの方がより公害防止を実効あらしめるものであることに鑑み、既設事業者が右期限徒過の既設届出をしてきた場合であっても、右既設事業者が右期限内に既設届出をしなかったことに相当な理由があり、かつ、事業継続の事実が認められるときには、これを受理する取扱にしていたのである。

(二) ところで、被告は、以下の事実、すなわち、(1)平成二年三月一九日、原告から参加人が本件建物につき実施した工事の騒音について苦情があったため、同月二〇日、東大阪市の担当職員が本件建物に赴いたところ、参加人は、相当老朽化した本件建物の二階の床を取り除く工事を行っていた、(2)同年四月九日、参加人代表取締役塩崎末次郎が、本件建物内に設置している古い機械を新しいものと取り替える計画があるので、公害関係の手続きを教えて欲しいといって来庁したので、東大阪市の担当職員が事情を聴取したところ、右塩崎末次郎は、大阪府知事宛の特定施設の設置等届出書を見せ、参加人は昭和四二年以前から現在まで本件建物を指定工場等として使用して事業活動を行ってきたと述べた、(3)そこで、右職員は、調査のうえ、右特定施設の廃止届は提出されていないことを確認した、以上の事実から、参加人が昭和四八年一〇月一日時点において現に本件建物を指定工場等として使用しており、かつ、その後も引き続き使用を継続して事業活動を行ってきたものと判断し、参加人の本件既設届出を受理したのである。

(三) 以上の次第で、本件既設届出は、有効であって、これによりみなし設置許可の効力が発生したものというべきである。

2 仮に右1の主張は理由がなく、本件処分に本件条例31条1項違反の違法があるとしても、本件処分は、以下に述べるとおり、違法行為の転換の理論により指定工場等設置許可として有効というべきである。

(一) 本件条例における指定工場等設置許可の制度及び同変更許可の制度は、ともに公害の防止を図るという同じ目的のために設けられた制度である。

そして、指定工場等設置許可の手続は、本件条例28条2項に基づき、規則7条各号に掲げる書類を添付した指定工場等設置許可申請書を被告に提出して申請をし、被告から本件条例28条1項に基づく許可を受けるものであり、同変更許可の手続は、規則12条1項に基づき、指定工場等変更許可申請書を被告に提出して申請をし、被告から本件条例31条1項に基づく許可を受けるものであるが、被告においては、指定工場等変更許可申請書には、規則7条各号に掲げる書類と実質的に同じ書類を添付させている。

また、指定工場等設置許可の要件は、本件条例29条に定めるところであるが、同変更許可の要件については、本件条例31条2項により、29条の規定が準用されているため、両者の要件は、全く同一である。

さらに、指定工場等設置許可及び同変更許可は、ともにその許可を受けた者に指定工場等の操業を行いうる地位を与えるという同じ効果を持つものである。

(二) 参加人の本件変更許可申請書には、規則7条1号(主要な製品の製造行程図)、2号(主要な作業の作業行程図)に該当するものとして、作業工程図、同3号(公害の防止方法の概要図)に該当するものとして、申請書の騒音振動関係別紙の「騒音又は振動防止の方法」欄の図面、施設の配置図・建物平面図、建物立面・断面・仕様図が添付されており、前記計画に基づく変更後の本件建物につき指定工場等設置許可申請をする場合に必要な申請書としての要件をも充たしたものである。

(三) してみれば、本件処分は、本件変更許可申請にかかる変更後の本件建物についての指定工場等変更許可であるとともに、同設置許可の実質をも有するものというべきであるから、仮に本件処分に本件条例31条1項違反の違法がある場合には、同設置許可処分としての効力をもつというべきである。

3 原告は、建築基準法は本件条例の上位規範であり、したがって、同法の用途地域に関する各規定は明文の規定がなくても当然に本件条例28条1項の許可及び同31条1項の許可の各要件として組み込まれている旨主張するが、右主張は、以下に述べるとおり、理由がない。

(一) 本件条例は、公害の防止を目的とし、公害発生の蓋然性が高い工場及び事業場を指定工場等としたうえ、指定工場等から発生する公害原因に対し基準を設け規制するものであるが、建築基準法は、防火、防災、美観等都市の整備を主目的とし、建築物を規制の対象とするものであって、直接に公害の防止を目的とするものではない。したがって、本件条例と建築基準法とは、その目的、規制対象を異にし、両者は、全く別の法体系をなすものである。

(二) また、建築行政は、国の事務であり、建築基準法によれば、同法の執行は、建築主事又は特定行政庁が行う旨明記されており、他の行政機関には、同法を執行する権限はない。したがって、本件条例に基づく指定工場等設置許可、同変更許可をするに当たり、被告が建築基準法の規制の遵守の有無についてまで判断することは、建築主事又は特定行政庁の権限を侵すものとして許されない。

(三) してみれば、建築基準法は、本件条例の上位規範に当たらないし、また、同法の用途地域に関する各規定は、指定工場等設置許可及び同変更許可の各要件に組み込まれていないものというべきである。

4 参加人が前記計画に基づいて本件建物内に設置する本件研削盤は、以下に述べるとおり、規則別表の「研摩機」に当たらない。

(一) 「研摩機」という用語は、日本工業規格(JIS)にも、総務庁編集の「日本標準商品分類」にも記載されていないが、これは、ある特定の機械の名称ではなく、俗に機械の作用に着目した総称として用いられている用語である。一般に、「研摩機」とは、作用面からみて、加工物を砥石又は砥粒で削る機械と考えられており、これは、その機械の目的から、精密加工用と非精密加工用とに分けられている。前者は、加工物の形状、寸法の精度や優秀な表面仕上げが要求される場合に用いられる機械で、その砥石の粒子はきめ細かなものであり、水等を注入しながら研削することから、騒音も小さく、また、精度を要求される作業であることから、当然振動も小さいものである。非精密加工用は、主に鋳物、鍛造品、小鋼片、その他の粗雑な加工物に付着した不要部分を荒削りする場合に用いられる機械であり、加工物の精度や表面仕上げは二次的で、研削部分が大きく、騒音、振動が大きいものである。

(二) 規則別表の「研摩機」は、これが公害防止の観点から定められたものであり、かつ、特に騒音及び振動の特定施設として定められていることからすれば、非精密加工用の研摩機、主にグラインダーと呼ばれる機械をいうものと解され、作用面から同じく研摩機と称されている機械であっても、円筒、内面、心なし、ホーニング等の精密加工用の研削盤をいうものではないと解される。

(三) そうだとすれば、参加人が前記計画に基づい新設することを予定している本件研削盤は、研摩機の一種ではあるが、騒音、振動の小さい精密加工用の機械であるから、規則別表の「研摩機」には当たらない。

四 被告の主張に対する原告の反論等

1 三の1の主張について

被告の右主張は、「法律による行政」という、行政庁の従うべき大原則を無視したものであり、全く容認することができない。被告は、届出期限を徒過した既設届出を受理することとした理由について云々しているが、仮に被告主張の理由が存在するのであれば、被告は規則改正という立法措置により解決すべきであって、いかなる理由があるにせよ、右行政の大原則を無視することは、許されない。

2 三の2の主張について

仮に違法行為の転換の理論が認められるとしても、以下に述べるとおり、被告としては、本件処分時において、本件建物につき、新たに指定工場等設置許可をすることはできなかったのであるから、被告主張のように違法行為の転換の理論により本件処分を指定工場等設置許可として有効とすることは許されないというべきである。

(一) 請求の原因3の(二)で述べたとおり、本件条例28条1項の指定工場等設置許可の要件には、建築基準法の用途地域に関する各規定が組み込まれているものというべきである。

(二) したがって、本件条例は、指定工場等が一定の区域内にあることを不許可の要件として定めているが、その区域には、規則9条に定めるものほか、建築基準法上工場を建築できない区域をも含むというべきである。

(三) ところで、本件建物の所在地は昭和四八年六月一一日用途地域が準工業地域から住居地域に変更され、本件建物は、請求の原因3の(二)の(2)で述べたとおり、もと工場であったものの、その後工場として使用されなくなった結果、工場としての実体を失っていたのであり、かつ、参加人は、請求の原因3の(一)で述べたとおり、指定工場等の設置についての既得権を失っていたのであるから、参加人が本件建物に改造を加えたうえこれを再び工場として使用することは、住居地域内に工場を設置することにほかならず、本件条例の不許可要件に該当するものであった。

(四) してみれば、仮に本件処分時に本件建物について指定工場等設置許可の申請がされていたとしても、被告としてはこれを許可することができなかったというべきである。

3 三の4の主張について

被告の右主張は、以下に述べるとおり、その理由がなく、本件研削盤は、規則別表の「研摩機」に該当する。

(一) 被告は、「研摩機」という用語は日本工業規格(JIS)及び「日本標準商品分類」に記載されていない旨主張するが、研摩機と研削盤が別々のカテゴリーであるなら、当然研摩機は、研削盤とは別に日本工業規格(JIS)及び「日本標準商品分類」に記載されているはずであるから、これらに研摩機が記載されていないのは、両者が同一のカテゴリーであるためであるとみるべきである。

(二) 被告は、さらに、規則別表「研摩機」は主にグラインダーと呼ばれる機械をいうものであり、精密加工用の研削盤をいうものではないと主張するが、円筒研削盤はグラインダーの一種とされているから、これが研摩機に含まれることは、明らかである。

(三) したがって、本件研削盤は、規則別表の「研摩機」に該当する。

五 参加人の主張

1 参加人が本件処分を受けた経緯は、以下のとおりである。

(一) 参加人は、昭和四〇年から、本件建物を工場として使用してきたものであるが、昭和四二年六月一六日には、大阪府事業場公害防止条例による特定施設の設置等届出をした。

(二) その後、本件条例が施行されたが、参加人は、大阪府に対する右届出をしていたので、東大阪市に対する届出は特段必要がないと考え、本件建物につき既設届出をしなかったが、東大阪市から、なんらの指導勧告もなかった。そのため、参加人は、その後も既設届出をしないまま、本件建物を指定工場等として使用して事業を継続してきた。

(三) ところで、平成二年三月になって、本件建物の既設機械を低騒音で高性能の最新式の機械と入れ換える必要が生じたため、東大阪市に助言を求めたところ、本件条例に基づく既設届出をしたうえ指定工場等変更許可を受ける必要がある旨の指導があった。そこで、参加人は、同年四月一二日、本件建物につき本件条例に基づく既設届出をしたうえ、同年五月三一日本件変更許可申請をしたのである。

(四) なお、昭和四九年二月に、参加人は、業務拡張のため、本社機能を本件建物から新工場建物に移転したが、参加人は、その後も、本件建物を、顧客から修理を依頼されたコンプレッサー等の分解修理作業を行うための第二工場として、継続的に使用してきた。

2 本件建物内には、本件研削盤二台(GP七二―一〇〇及びGA―七二―六三各一台)を設置しているが、本件研削盤二台を含む全機械五台を稼働させた場合の騒音は、本件建物外側各地点において最大値五五ホンであって、法定の許容限度以内であり、また、右円筒研削盤二台を含む全機械五台は、全て精密加工用のものであって、殆ど振動がないため、防振対策の必要はないのである。

第三証拠〈省略〉

理由

一 請求の原因1、2に関する、争いのない事実及び当裁判所が認定した事実(なお、認定事実については、証拠をその末尾に掲記する。)は、以下のとおりである。

1 当事者

(一) 原告

原告は、参加人が所有する本件建物の北側(肩書の住所地)に所在する、父・梁弘倍所有の建物に、居住している(原告本人)。

(二) 被告

被告は、本件条例28条1項、31条1項に基づき、指定工場等の設置及び指定工場等の公害の原因となる物質等の処理の方法、位置、構造、設備その他規則で定める事項の変更について、許可を与える権限を有する者である。

2 参加人に対する本件処分

(一) 本件建物は、昭和四〇年八月に建築、同年一二月に増築されて、二階建ての工場兼倉庫兼事務所建物となったものであるが、参加人は、その頃から、本件建物を工場等に使用して鉄工業を営むようになった(参加人代表者)。

(二) 本件条例は、昭和四八年一〇月一日に施行されたものであるが、本件条例、規則、規則の附則には、以下のような規定がある。

(1) 本件条例28条1項

指定工場等を設置しようとする者は、被告の許可を受けなければならない。

(2) 同31条1項

28条1項の許可を受けた者は、その許可に係る指定工場等の公害の原因となる物質等の処理の方法、位置、構造、設備その他規則で定める事項を変更しようとするときは、被告の許可を受けなければならない。

(3) 附則2条1項

本件条例施行の際現に指定工場等を設置している者(設置の工事をしている者を含む。)は、規則で定めるところにより、被告に届け出なければならない。

(4) 同2条2項

既設届出をした者は、本件条例28条1項の許可を受けた者とみなす。

(5) 規則の附則2項

既設届出は、昭和四八年一二月二七日までに指定工場等既設届出書によってしなければならない。

(三) 本件建物は、本件条例2条3項、規則3条、同別表第4の1項該当の指定工場等として使用されていたから、本件条例施行後、参加人は被告に対し、附則2条1項、規則の附則2項の定めるところに従い、昭和四八年一二月二七日までに、本件建物につき既設届出をしなければならなかったが、参加人は、これをしていなかった。

なお、本件建物が本件条例2条3項、規則3条、同別表第4の3項6号該当の指定工場等として使用されていたとの事実については、これを認めるに足りる証拠はない。

(四) 昭和四九年二月、参加人は、本社機能を本件建物から新工場建物に移転したが、その際、本件建物に設置していた機械の相当部分を新工場建物に移した。そして、その後、工場としては、新工場建物を主として使用し、本件建物の方は、コンプレッサーの修理等の一部の作業を必要に応じて行うのみで、これを殆ど使用しなくなった。また、参加人は、昭和五三年には、本件建物の西側約半分を取り壊して、その跡地に居宅建物を建築した。なお、当時の本件建物のうち残存することになった東側約半分が現在の本件建物に当たるところ、本件建物内には、その後も、旋盤三台、専用機二台、ねじ切盤一台、ボーリング・マシン一台及びコンプレッサー一台が設置されていたものの、遅くとも昭和六一年一〇月以降は、本件建物が工場として使用されることはなくなっていた(甲三二の一・二、三三、乙一、五、丙一ないし三、参加人代表者)。

(五) ところが、参加人は、二階建ての本件建物の二階の床を取り除いてこれを平家建てに変更するとともに、設置している前記機械を新式の円筒研削盤二台(以下「本件研削盤」という。)、NC旋盤一台、ピン用旋盤一台、NCフライス盤一台、センタリング・マシン一台、コンプレッサー一台と入れ換えたうえ、本件建物を再び工場として本格的に使用することを計画し、平成二年三月一七日、本件建物の右改造工事に着手した。そして、参加人は、同年四月一二日、被告に対し、本件既設届出をしたうえ、同年五月三一日、本件建物の構造及び工場施設を右計画(以下「本件計画」という。)どおり変更することについて本件変更許可申請をし、被告から本件条例31条1項の許可(本件処分)を受けた。

二 本件処分の違法性(請求の原因3)について

1 本件条例31条1項違反について

(一) 本件条例28条1項によれば、指定工場等を設置しようとする者は、被告の許可を受けなければならないものとされ、また、同31条1項によれば、28条1項の許可を受けた者は、その許可に係る指定工場等の公害の原因となる物質等の処理の方法、位置、構造、設備その他規則で定める事項を変更しようとするときは、被告の許可を受けなければならないものとされているところ、右各規定によれば、本件条例31条1項の許可は、本件条例28条1項の許可を受けた者(附則2条2項により、右許可を受けたものとみなされた者を含む。)に対してなされるべきものであることが明らかである。

(二) しかるところ、本件建物が本件条例2条3項、規則3条、同別表第4の1項該当の指定工場等として使用されていたから、本件条例の施行後、参加人は被告に対し、附則2条1項、規則の附則2項の定めるところに従い、昭和四八年一二月二七日までに本件建物につき既設届出をしなければならなかったが、参加人がこれをしていなかったこと、本件条例施行後現在に至るまでに、参加人が本件建物につき本件条例28条1項の許可を受けたこともないこと、及び参加人が平成二年四月一二日になって本件建物につき本件既設届出をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(三) そこで、以下において、前記届出期限の経過後に本件既設届出をした参加人が附則2条2項により本件条例28条1項の許可を受けた者とみなされるか否かについて検討する。

この点について、被告は、(1)既設届出は昭和四八年一二月二七日までに指定工場等既設届出書によってしなければならないものとしている規則の附則2項の規定は、訓示規定である、(2)被告は、従来から、既設事業者であって前記届出期限を経過して既設届出をしてきた者については、事業継続等の事実が認められる限り、その既得権を保護する必要上、その既設届出を受理する取扱(以下「本件取扱」という。)にしていたものであるところ、参加人についても事業継続等の事実が認められたので、本件既設届出を受理したものであるとし、このことを理由として、本件既設届出をした参加人は附則2条2項により本件条例28条1項の許可を受けた者とみなされると主張する(被告の主張1参照)。

しかし、附則2条によれば、本件条例施行の際現に指定工場等を設置している者(設置の工事をしている者を含む。)は、規則で定めるところにより、被告に届け出なければならない(1項)、前項の規定による届出(既設届出)をした者は、本件条例28条1項の許可を受けた者とみなす(2項)ものとされ、規則の附則2項によれば、既設届出は、昭和四八年一二月二七日までに指定工場等既設届出書をもってしなければならないものとされているところ、右各規定の文言に、既設事業者の既得権の保護はいわば特例的措置であるから一定の相当な条件のもとにこれを行うべきものであることをあわせ考えれば、被告主張のように、前記届出期限経過後に既設届出をした既設事業者であっても事業継続等の要件を具備している限り本件取扱を受けることによって、附則2条2項により本件条例28条1項の許可を受けた者とみなされると解することには、法律による行政の原則に照して大いに疑問があるが、仮に右のように解することができるとしても、前記一の2の(四)認定の事実によれば、参加人は昭和六一年一〇月以降本件建物を工場として使用していなかったものであり、したがって、本件取扱を受けるための事業継続の要件を欠いていたことが明らかであるから、参加人は、附則2条2項により本件条例28条1項の許可を受けた者とみなされる者に当たらないというべきである。

(四) してみれば、本件処分には、本件条例31条1項違反の違法があるということになる。

2 違法行為の転換(被告の主張2)について

被告は、本件処分に本件条例31条1項違反の違法があるとしても、指定工場等設置許可処分と同変更許可処分とが主張のような関係にあることを理由に、本件処分は違法行為の転換の理論により指定工場等設置許可処分として有効であると主張する(被告の主張2参照)ので、以下右主張について検討する。

(一) 本件条例の規定するところによれば、本件条例28条1項の指定工場等設置許可の制度及び同31条1項の指定工場等変更許可の制度は、ともに公害の防止を図るという同じ目的のために設けられた制度であり、前者が指定工場等の設置についての規制を行うものであるのに対し、後者がすでに本件条例28条1項の許可のもとに指定工場等が設置されていることを前提として、その変更許可についての規制を行うものであるという点に差異があるに過ぎない。

そして、両者の申請手続きについてみるに、本件条例28条1項の許可については、同条2項、規則7条により、規則7条各号掲記の書類を添付した指定工場等設置許可申請書を被告に提出してするものとされているが、同31条1項の許可については、規則12条により、指定工場等変更許可申請書を被告に提出するものとされているものの、その添付書類については、格別の規定はない。しかし、証拠(乙五、一三、証人笠屋知之)によれば、被告においては、指定工場等変更許可申請書についても規則7条各号掲記の書類と実質的に同じ書類を添付させることにしていることが認められるから、両者は、申請手続きの面でも実質的には差異はない。

また、両者の許可の要件についてみるに、本件条例28条1項の許可については、同29条に、申請の内容が同条各号の一に該当するときは右許可を与えてはならないとの規定があるほかは、格別の規定はないが、同31条1項の許可については、同条2項において、同29条の右規定を準用しているので、結局、両者の許可の要件は、全く同じということになる。

さらに、両者の許可の効果についてみるに、本件条例28条の許可及び同31条の許可は、ともにその許可を受けた者に指定工場等の操業を行いうる地位を与えるという同じ効果を有するものといえる。

(二) ところで、証拠(乙五、六、証人笠屋知之、参加人代表者)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告は、既設届出についての前記届出期限を定めた規則の附則2項の規定は訓示規定であるとの見解のもとに、従来から、前記届出期限を経過して既設届出をしてきた既設事業者については、その既得権を保護する必要があるとして、事業継続等の事実が認められることを条件として、その既設届出を受理する取扱(本件取扱)にしていた。

(2) 参加人は、昭和四九年二月に本社機能を本件建物から新工場建物に移転してからは、前記一の2の(四)のとおり、本件建物を工場としては殆ど使用していなかったが、平成二年三月になって、本件計画を持つに至ったため、東大阪市の担当職員に相談したところ、同職員から、本件取扱に基づいて、本件建物につきまず既設届出をしたうえ本件条例31条1項の許可申請をするようにとの指導を受けたので、本件建物につき本件変更許可申請をしたものであり、また、被告としても、前記見解のもとに本件取扱をしていたことから、右申請に不許可事由はないとして、本件処分をしたものである。

(3) 参加人の本件変更許可申請書には、規則7条1号(主要な製品の製造行程図)、2号(主要な作業の作業行程図)に該当するものとして、作業工程図、同3号(公害の防止方法の概要図)に該当するものとして、申請書の騒音振動関係別紙の「騒音又は振動防止の方法」欄の図面、施設の配置図・建物平面図、建物立面・断面・仕様図が添付されており、前記計画に基づく変更後の本件建物につき指定工場等設置許可申請をする場合に必要な申請書としての要件をも充たしたものである。

(4) 仮に被告において前記見解を採用することが許されないことが分かっていたとしたら、被告は、参加人に対し、本件建物につき本件条例28条1項の許可を申請するように指導し、かつ、参加人の右申請に基づいて、参加人に対し、本件条例28条1項の許可をしていた筈であった。

(三) 以上説示認定の事実によれば、本件処分は、実質的には、参加人が前記計画に基づく変更後の本件建物において操業することについて、本件条例に基づく規制の必要がないとして、これを認めるものであって、本件建物についての本件条例28条1項の許可(指定工場等設置許可)としての実質を有するものといえるから、本件処分は、いわゆる違法行為の転換の理論により、本件建物についての本件条例28条1項の許可(指定工場等設置許可)としての効力を有するものと解すべきであり、したがって、本件処分に前記1のとおり本件条例31条1項違反の違法があることのみを理由として、これを取消しうるものとするのは相当ではない。

3 建築基準法違反について

(一) 原告は、建築基準法の用途地域に関する各規定は公害対策基本法一一条による措置の一つとして位置づけられるものであるから、少なくとも同法の右各規定は公害防止ないし国民の生命、健康の保護という点において本件条例と目的を同じくするものといえるから、同法の右各規定は本件条例の上位規範であるとしたうえ、このことを理由に、本件条例は明文の規定がなくても当然に上位規範である同法の右各規定を28条1項の許可及び31条1項の許可の各要件として組み込んだうえさらにこれに上乗せして規制することを内容とする、いわゆる上乗せ条例であると解すべきであり、したがって、被告が本件条例28条1項の許可ないし同31条1項の許可をするときは、被告は許可時における同法の右各規定違反の違法を看過してはならないと主張する(請求の原因3の(二))。

しかしながら、原告の右主張は、以下に述べるとおり、その理由がない。

(1) 建築基準法の用途地域に関する各規定及び本件条例の各規定を比較検討するに、建築基準法と本件条例とは、前者が建築物の敷地、構造、設備及び用途について、一定の基準を定め、その遵守を義務づけ、これを強制するという規制方法により、国民の生命、健康及び財産の保護を図ることを目的としているのに対し、後者は、公害発生の蓋然性が高い工場及び事業場を指定工場等としたうえ、指定工場等から発生する公害原因となる物質等の発生、排出、飛散につき一定の基準を定め、その遵守を義務づけ、これを強制するという規制方法により、市民の健康を保護することを目的としていることが明らかであるから、両者は、その目的及び規制対象を異にしており(もっとも、人の健康を保護する点では目的を同じくしている。)、別個の法体系に属するものというべきである。

(2) のみならず、建築行政は、国の事務であり、建築基準法によれば、同法の執行は、建築主事又は特定行政庁が行う旨明記されているのであるから、本件条例28条1項の許可ないし同31条1項の許可をするに当たり、被告が建築基準法の遵守についてまで判断することは、建築主事又は特定行政庁の権限を侵すものとして許されない。

(3) してみれば、建築基準法の用途地域に関する各規定は、本件条例の上位規範に当たらないというべきであるから、これが明文の規定がなくても当然に本件条例28条1項の許可及び同31条1項の許可の各要件に組み込まれているということはできないし、したがってまた、被告が右各許可をするについては、被告は許可時における同法の右各規定違反の違法を看過してはならないということもできない。

(二) してみれば、本件処分には請求の原因3の(二)の(1)、(2)の各建築基準法違反の違法があるとする原告の主張は、その余の点につき検討するまでもなく、理由がない。

4 本件条例29条3号違反について

規則別表の「研摩機」を指定工場等に設置するためには、本件条例29条3号、規則10条8号、12号により、当該施設につき所定の防振対策を講じることが必要とされ、右防振対策が講じられていないときは、被告は当該施設について本件条例28条1項の許可ないし同31条1項の許可をしてはならないものとされているところ、原告は、参加人が平成二年三月ころ本件計画に基づき既設機械との入れ換えとして本件建物に設置した本件研削盤は規則別表の「研摩機」に当たるとしたうえ、参加人の提出した本件変更許可申請書には本件研削盤を本件建物内に設置するため必要な右防振対策について記載がなかったから、本件変更許可申請は許可すべきものではなかったのに、被告はこれに反して本件処分をなしたのであり、したがって、本件処分には本件条例29条3号違反の違法があると主張する(請求の原因3の(三)参照)。

そこで、まず、本件研削盤が規則別表の「研摩機」に当たるか否かにつき検討するに、証拠(乙一〇の一・二、一一の一・二、一二の一ないし四、丙六、証人笠屋知之、参加人代表者)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 「研摩機」という用語は、日本工業規格(JIS)にも、総務庁編集の「日本標準商品分類」にも記載されていないが、一般に、「研摩機」とは、作用面からみて、加工物を砥石又は砥粒で削る機械と考えられており、これには、精密加工用のものと非精密加工用のものとがある。前者は、加工物の形状、寸法の精度や優秀な表面仕上げが要求される場合に用いられる機械で、その砥石の粒子はきめ細かなものであり、水等を注入しながら研削することから、騒音も小さく、また、精度を要求される作業であることから、当然振動も小さいものである。非精密加工用は、主に鋳物、鍛造品、小鋼片、その他の粗雑な加工物に付着した不要部分を荒削りする場合に用いられる機械であり、加工物の精度や表面仕上げは二次的で、研削部分が大きく、騒音、振動が大きいものである。

(二) 大阪府及び東大阪市の行政実務においては、規則別表の「研摩機」が公害防止の観点から定められたものであり、かつ、特に騒音及び振動の特定施設として定められているところから、規則別表の「研摩機」とは非精密加工用の研摩機をいうものであり、精密加工用の研摩機はこれに含まれないとの解釈を採用している。

(三) 本件研削盤は、研摩機の一種ではあるが、騒音、振動の小さい精密加工用のものであり、参加人が平成三年八月二九日豊田工機株式会社に依頼して実施した振動測定の結果によれば、本件研削盤が本件建物外に排出している振動は本件条例の定める規制基準(六〇ないし六五デシベル)を下回る三七ないし四七デシベルであった。

右認定の事実に、規則別表の「研摩機」が公害防止の観点から騒音及び振動の発生源たる機械として規制の対象とされていることを合わせ考えれば、規則別表の「研摩機」とは非精密加工用の研摩機をいうものであり、精密加工用の研摩機はこれに含まれないものと解するのが相当であり、したがって、精密加工用の研摩機である本件研削盤は規則別表の「研摩機」には当たらないものというべきである。

してみれば、本件処分には本件条例29条3号違反の違法があるとする原告の主張は、その余の点につき検討するまでもなく、その理由のないことが明らかである。

三 結論

以上の次第で、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟八九条を適用し、主文のとおり判決する。

別紙物件目録〈省略〉

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